01止まったPoCの行き先は4つある
止まっているPoCの行き先は、次の4つのどれかです。二択で考えているうちは、どちらも選べないまま時間だけが進みます。
| 行き先 | 選ぶのはどういうときか | 次にやること | 残るもの |
|---|---|---|---|
| そのまま本番に上げる | 業務の数字が動き、外れた出力も人が拾える | 監視と例外の担当を決めて、権限を設計する | 運用の費用が毎月かかる |
| 範囲を狭めて上げる | 外れた出力は人が拾えるが、全体では業務の数字が動かなかった。特定の種類だけなら届いている | 対象を絞り直して、絞った範囲で測り直す | 残した範囲は人が続ける |
| 人が確認して上げる | 業務の数字は動いたが、そのままでは外れた出力に気づけない。確認する工程を置けば使える | 誰がどこで確認するかと、確認にかかる時間を決める | 確認の工数が毎月乗る |
| いったんやめる | 業務の数字が動かず、外れた出力も人が拾えない | やめる理由と、次に再開する条件を書き残す | 整えたデータと、測り方が残る |
どれか1つに決められないときは、範囲を狭めて上げるところから見てください。本番に上げる側の3つの中では、追加の費用がいちばん小さく、結果も早く出ます。全体では届かなくても、扱う書類の種類を絞ったら届いた、という案件が当社にもあります。
02本番に上げる判断を止めているのは精度ではない
精度がもう少し上がれば本番に上げられる、という言い方で止まっている案件があります。ただ、作る側から見ると、精度を上げても判断は動かないことのほうが多いです。動かない理由は、たいてい別のところにあります。
- 本番に上げると言う人が決まっていない。PoCの発注は決まったが、本番の予算を誰が持つかが決まっていない
- 動き出したあとに面倒を見る人が決まっていない。作った人は次の案件に移る前提で動いている
- 外れた出力を誰が拾うかが決まっていない。気づく役と直す役が、どちらも空いている
この3つが空いていると、精度をどこまで上げても判断は出にくいままです。逆にここが埋まっていれば、想定より低い精度でも上がることがあります。止まっているのはモデルではなく、外れた出力を誰が拾うかが決まっていないことです。
精度の話に見えてしまうのは、精度だけが数字で言えるからです。決裁も担当も、数字にはなりません。会議で「精度がまだ」と言うと話が終わるので、そこで止まります。次の会議で聞くことを変えると、詰まっている場所が出てきます。「何%あれば本番に上げますか」ではなく、「本番に上げると決めるのは誰ですか」です。
03よく引かれる「3割が中止」は、更新されている
止まっているのは自社だけではありません。ただ、この話でよく持ち出される数字は、元の資料と食い違ったまま出回っています。社内の説明に使う前に、元の資料が何を数えたのかを見ておいてください。
| よく見る書き方 | 元の資料に書いてあること | ずれているところ |
|---|---|---|
| 生成AIの3割はPoCで中止される | Gartnerが2024年7月に出した予測。生成AIのプロジェクトのうち少なくとも30%が、2025年末までにPoCの後で中止されるだろう、という書き方 | 数えた結果ではなく予測。母数も企業ではなくプロジェクト。同社はその後、2026年1月の記事で、生成AIのプロジェクトの少なくとも50%が2025年末までにPoCの後で中止された、としている。その50%をどう数えたかは書かれていない |
| PoCの74%が本番に至らない | Boston Consulting Group が2024年10月に公表した調査。経営層1,000人への自己評価アンケート | 74%は案件ではなく企業の割合で、AIで実質的な成果をまだ出せていない側。原文はもう1つ、PoCの先へ進んで成果を出す力を備えている企業が26%、という数字も出している |
出典は、Gartner の2024年7月29日のプレスリリースと、その後に出た50%についての記事、それに Boston Consulting Group の2024年10月24日の発表です。いずれも2026年8月に確認しています。
日本の数字なら、情報処理推進機構の「DX動向2026」があります。AIの導入状況を尋ねた設問で、2025年度は「導入している」が42.3%、「現在、試験利用をしている」が15.7%でした。答えたのは、この設問で1,794社、調査全体では1,799社です。調査期間は2026年4月17日から6月12日までです。ただしこれは全規模をまとめた数字で、同じ報告書は、企業規模が大きくなるほど導入が進んでいるとしています。100人以下の企業では「関心はあるがまだ特に予定はない」が34.6%と高い、とも書かれています。もう1つ、15.7%はいま試している企業の割合であって、止まった企業や、やめた企業の割合ではありません。
数値はDX動向2026の本文の図表3-1と図表3-4から、調査期間は同じ調査のデータ集の調査概要から取りました(2026年8月確認)。
どの数字も、自社の案件が止まっている理由の説明にはなりません。使えるのは、社内で「うちだけではない」と言うときの材料までです。判断に使う数字は、次の節から先の、自社で測ったものになります。
04合格ラインは、いま人がやっている水準に置く
合格ラインを先に決めましょう、というところまではどこにでも書かれています。手が止まるのは、そのラインをどこに引くかです。ここで全件を正しく処理する前提の数字を置くと、いつまでも届きません。
AIの出力を、何と比べるかを先に決める
比べる相手は、正解ではなく、いま同じ作業をしている人です。人がやっている作業にも間違いはあります。そこを基準にすれば、どこまでいけば合格かがはっきりします。ただし外れ方の種類は人と違うことがあるので、水準を上回っていても、外れたときの影響は別に見てください。
| 置き方 | 何と比べるか | 使えるとき |
|---|---|---|
| いまの担当者の水準に置く | 同じ作業を人がやったときの、後工程での差し戻し率 | その作業をいまも人がやっている |
| 後工程が受け取れる水準に置く | 次の工程が手戻りなく処理できる形になっている割合 | 出力を受け取る部署がはっきりしている |
| 業務の数字に置き換える | 1件あたりの処理時間、月あたりの件数、待ち時間 | 作業時間が測れている |
| 外れたときの損失で置く | 1件外れたときに、取り戻すのにかかる時間や金額 | 金銭や契約が動く業務 |
測っていないなら、先に測る
ここで引っかかるのは、いま人がやっている水準がたいてい測られていないことです。ここを飛ばすと、比べる相手が「なんとなくの期待値」になり、その期待値は会議のたびに上がります。測る期間は、比べられるだけの件数がたまるところまでです。毎日流れている作業なら、1週間ほどでたまることがあります。件数が少ない業務は、日数ではなく件数で区切ってください。数えるのは、同じ作業の結果を後工程が何件差し戻したかです。記録が残っていなければ、後工程に、差し戻した件を数えるところから頼んでください。
見る数字を正解率ではなく、処理した件数に対する差し戻しの割合にするのには理由があります。正解率は、何を正解とするかを決めないと出せません。その定義でもめている間に数か月が過ぎます。差し戻しなら、何を正解とするかを決めなくても数え始められます。数えるのは、同じ期間に処理した件数と、そのうち後工程が差し戻した件数です。人と比べるのは、そこから出した割合のほうです。
05合格ラインに届かなかったとき、変えられるのは4つ
測ったら届かなかった。ここから先を書いている記事があまりありません。作る側から見ると、変えられるものは4つです。どれを選ぶかで、かかる時間と費用の性質が変わります。
| 変えるもの | かかる時間 | 費用の出方 | 効き方 |
|---|---|---|---|
| 入れるデータを増やす、整える | 読めない。集めるところから始まると月単位 | 整える工数。どこまでやれば届くかが事前に分からない | 元のデータの状態しだいで、大きく振れる |
| 対象の範囲を狭める | 数日から2週間 | 測り直す分だけ。追加の開発が要らないこともある | 追加の開発が要らないぶん試しやすい。届かない原因が特定の型に偏っていた場合には効きやすい |
| 人が確認する工程を挟む | 1週間から3週間 | 確認する人の時間が毎月かかり続ける | 届かせやすくなる代わりに、削減できる工数がその分減る |
| いったんやめる | 決めればすぐ | 止まる。すでに使った分は戻らない | 範囲を狭めて測り直しても届かず、外れた出力も人が拾えないなら、この時点で選ぶ |
順番があります。「対象の範囲を狭める」から試してください。追加の開発が要らないぶん試しやすく、次にデータを整えるのか、人が確認する工程を挟むのかの手がかりも出ます。狭めた範囲で届いたなら、届かなかった型が分かっているということです。その型だけをデータで埋めるのか、その型だけ人が見るのかを、次に決められます。
入れるデータから手を付けると、費用の見通しが立たないまま数か月が過ぎがちです。データを整える作業は、開発の中でいちばん見積もりの幅が出るところです。どこまで整えれば届くかは、整えてみるまで分かりません。ここに入るなら、金額ではなく期間で区切ってください。1か月やって届かなければ別の手に移る、という決め方です。
06AIに任せる範囲の狭め方と、削らないもの
狭め方は3つあります。どれも、業務そのものを減らすのではなく、AIに任せる部分だけを絞る話です。残りは人が続けます。
- 扱う種類を減らす — 5種類の申請のうち、様式が決まっている2種類だけをAIに通す
- 工程を減らす — 読み取りから登録まで通すのをやめ、読み取りだけAIに任せて、登録は人がする
- 対象の部署を減らす — 1つの部署で先に始め、そこで型ができてから広げる
削らないほうがよいものもあります。出力の記録と、外れたときに気づく仕組みです。狭めた範囲でも、誰がいつ何を実行して、その結果がどうだったかは残しておいてください。ここを削ると、広げるときに判断材料が何もない状態に戻ります。狭めるのは対象であって、測り方ではありません。
広げるときに何が起きるかも、先に見ておく価値があります。1つの部署で回ったやり方が、隣の部署でそのまま動くとは限りません。同じ書類でも、部署ごとに書き方の癖があるためです。広げる段になって作り直しになりやすいのは、この部分です。
07やめると言えるのは、始めると言った人ではない
止まったまま動かない案件で当社がよく見るのは、止めると言える人が、始めると言った人と同じになっている状態です。自分で決めたことを自分で取り消す判断は出しにくく、先送りされたまま置かれることがあります。
防ぐには、始めるときに決めておくことです。PoCを始める会議で、次の3つを一緒に決めてください。すでに始まっている案件なら、行き先を選ぶ会議の冒頭で同じ3つを決めてから、結果の話に入ってください。どれも1行で書けます。
- 01止める条件 — 何を測って、どの水準に届かなければ止めるか
- 02止めると言う人 — 始めると言った人とは別にする。上か、横の立場の人
- 03止めたときに残すもの — 整えたデータ、測り方、届かなかった型の記録
3番目が効きます。何も残らないと分かっていると、止める判断はさらに出しにくくなります。実際には、整えたデータと測り方は次のときにそのまま使えることが多いです。止めるのは仕組みであって、そこまでに分かったことではありません。
使った費用は、続ける理由にならない
ここまでいくら使ったから、という言い方が会議で出ます。すでに払った分は、続けても止めても戻りません。判断に使えるのは、これから追加でかかる金額と、そこから得られるものだけです。この2つを、すでに払った金額と分けて話すと、議論が短く済むことがあります。
08本番に上げると増える費用
PoCの見積もりに入っていない費目があります。本番に上げると決める前に、この分を足した金額で見てください。
| 費目 | 何にかかるか | 見落とされやすい理由 |
|---|---|---|
| 推論の利用料 | 実際の件数で毎月かかる | PoCは件数が少ないので、月あたりの実額が見えていない |
| 確認する人の時間 | 人が確認する工程を挟んだ場合、毎月かかり続ける | 削減できる工数から引かれるのに、別の予算から出ることが多い |
| 記録の保管 | 誰が何を実行したかを残す。件数に比例して増える | PoCでは残していないことがある |
| 例外への対応 | 外れた出力に気づいて直す。担当を置く | 運用の設計として見られず、費用に載らない |
| モデルの入れ替えへの追従 | 使っているモデルが変わったときの測り直し | いつ起きるか読めないので、年間の予算に入れにくい |
単価だけでなく、数え方そのものが変わる
AIの費用を1年分見積もるとき、単価に件数を掛けると外れます。単価が変わるだけでなく、何を数えるかが変わるためです。
GitHub Copilot は2026年6月1日に数え方を変えました。それまでは、上位のモデルへの依頼を回数で数えていました。いまは、扱った文章量に応じて減っていくクレジットです。1人あたりの月額は据え置きですが、含まれる分がクレジットに置き換わったので、同じ使い方でも足が出ることがあります。切り替えは一律ではありません。個人向けの年額プランは、契約が切れるまで従来の方式に残ります。ただし上位モデルの換算の倍率だけは、この年額プランの利用者にかぎって2026年6月1日に引き上げられています。法人向けには、移行期間として2026年6月から8月までの利用分に上乗せがあります。この上乗せは8月の利用分で終わるので、9月分からの請求で見え方が変わります。自社がどちらで数えられているかは、請求の明細で確かめてください。
Gemini API の料金ページには、読ませた文章を預けておく分として、100万トークンを1時間置くといくら、という単価が載っています。量と時間の両方が掛かるので、件数だけでは金額が出ません。年間の予算を組むなら、単価ではなく上限額を設定できるかどうかで見ておくほうが外れにくいです。
数え方の変更はGitHubの2026年4月27日の発表、預けておく分の単価はGemini APIの料金ページで確認できます。いずれも2026年8月に確認しました。
本番に上げると決めるときは、この費用を1年分で出しておいてください。月あたりで見ると小さく見えますが、削減できる工数と比べるのは年単位です。ここが出ていないと、次の年の予算のときに同じ議論をやり直すことになります。
09本番に上げるかを決める人に出す1枚
本番に上げるかどうかを決めるのは、たいていPoCを見ていない人です。その人が判断できるところまで書いておくと、持ち帰りになって説明をやり直す回数が減ります。載せる項目は6つで足ります。
| 項目 | 書くこと | 書かないこと |
|---|---|---|
| 何を測ったか | 対象の件数、期間、比べた相手(人がやった場合の水準) | モデルの名前、手法の説明 |
| 結果 | 決めたラインと、実際の数字。届いたか届かなかったか | 検証の途中経過 |
| 選んだ行き先 | 4つのうちどれか。選んだ理由を1行 | 他の3つの詳しい検討 |
| 1年分の費用 | 推論の利用料、確認する人の時間、記録の保管、例外への対応、モデルの入れ替えへの追従。合計と内訳 | 初期費用だけの金額 |
| 外れたときにどうなるか | 誰が気づいて、誰が直すか。直すまでにかかる時間 | 起きない前提の説明 |
| 止める条件 | 何を測って、どの水準を下回ったら止めるか。止めると言う人 | うまくいく前提の計画だけ |
最後の行を入れておくと、決める側は止めるときの姿も含めて判断できます。逆に、うまくいく前提しか書かれていないものは、判断が先送りになりがちです。
そもそもどの業務から試すかを決めるところは、AIに任せる業務の選び方にまとめています。これから外注先を探す段階の話は、AIエージェント開発の外注のほうです。
10まとめ
- 行き先は4つ。そのまま本番に上げる、範囲を狭めて上げる、人が確認して上げる、いったんやめる
- 止まる理由は精度より、本番に上げると言う人・面倒を見る人・外れた出力を拾う人が決まっていないこと
- 合格ラインは満点ではなく、いま人がやっている水準に置く。測っていないなら、比べられる件数がたまるまで測る
- 見る数字は正解率ではなく、処理した件数に対する差し戻しの割合。何を正解とするかを決めなくても数え始められる
- 届かなかったときに変えられるのは、入れるデータ、対象の範囲、人が確認する工程、続けるかどうかの4つ。まず範囲を狭める
- データから手を付けるなら、金額ではなく期間で区切る
- 止めると言う人は、始めると言った人とは別にしておく。すでに始まっているなら、行き先を選ぶ会議の冒頭で決める
- 1年分の費用で見る。AIの費用は単価だけでなく、何を数えるかの単位も変わる
当社は業務の自動化とAIエージェントの受託開発を行っています。止まっているPoCを4つの行き先に仕分けるところだけでも構いません。本番に上げないほうがよい、という結論になることもあります。必要でしたらお問い合わせからお声がけください。
11よくある質問
Q. PoCはどのくらいの期間で区切るのが妥当ですか
期間そのものより、何を測って終わりにするかを先に決めるほうが効きます。そのうえで区切るなら、測り始めてから結果が出るまでで区切ってください。検証そのものが長いというより、始める前のデータの準備で日数が延びることがあります。準備に時間がかかりそうなら、そこを別の期間として切り出してください。準備が終わるまで検証に入らないと決めておくと、費用が読めるようになります。それでも判断が出ないなら、原因は期間ではなく、本番に上げると決める人が決まっていないことです。
Q. 範囲を狭めて上げたあと、いつ全体に広げればよいですか
狭めた範囲で何件流れたか、そのうち何件を人が直したかを数えられるようになってからです。件数が少ないうちに広げると、うまくいっているのか判断できないまま対象だけが増えます。広げる先が別の部署なら、同じ書類でも書き方の癖が違うので、広げた範囲だけで測り直してください。狭めても届かず、外れた出力も人が拾えないなら、広げるのではなくいったん止める側です。その場合も、整えたデータと測り方は残ります。
Q. 社内にAIの担当がいなくても、本番まで進められますか
進められる場合と、そうでない場合があります。分かれ目は、AIに詳しい人がいるかどうかではなく、外れた出力に気づいて直せる人が業務側にいるかどうかです。その業務を毎日やっている人であれば、出力を見ておかしいと分かります。逆に、業務を知らない人だけで運用しようとすると、外れたことに気づかないまま数か月流れることがあります。技術の担当は外に置けますが、業務側の目は外に出せません。
Q. ベンダーから「まずPoCを」と提案されました。どう判断すればよいですか
提案の中に、届かなかったときの扱いが書かれているかを見てください。合格ラインをどう決めるか、届かなかったときに何を変えるか、止める条件と止めると言う人を誰にするかの3つです。書かれていなければ、発注する前に聞いてください。この3つは、本文の「本番に上げるかを決める人に出す1枚」に載せる項目と重なります。止める条件と止めると言う人は、最後の行にそのまま入ります。
この記事を書いたチーム
合同会社TokyoScaler ビジネス開発部
Google Cloud Partner(Google Workspace正規代理店)として、中小企業・スタートアップのIT環境整備・DX・AI導入を支援するメンバーが、現場の知見をもとに執筆しています。